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2009年11月5日、バンコクに赴任しました。2011年9月1日、東京に戻りました。2013年10月1日、福岡に移住しました。
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かつて、雲仙温泉に海望館という宿屋があったらしいのです。
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中川観秀 (明治42年) 『温泉小浜案内記:登山記念』 長崎新聞社.という書籍に掲載の広告。

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長崎県 (大正2年) 『Unzen』 長崎県.という長崎県庁が作った英文パンフレットに掲載の広告

以上、2点の広告が、雲仙温泉の海望館に関して私が持っている全ての情報です。

私にとってこの海望館は、大きな謎なのです。何が謎かというとですよ、上の日本語の広告、「新湯ト小地獄トノ中央ニ在ル古地獄ト称スル地」という記述。またはっきりと「温泉古地獄」と書かれています。私にとっての謎は「古地獄」という地名なんです。「古地獄」が単体で出てきたら、あぁ、こりゃ「小地獄」の誤変換だな、と思うところですが、この広告では「古地獄」と「小地獄」が両方出てきています(それにこの時代に誤変換は無いしね)。古地獄とは何ぞや???今の雲仙温泉にこんな地名は無いようです。

ただ、他の文献と合わせて検討すると、海望館というのはどうも今の半水盧の辺りにあったのではないか? というのが有力な説です。この辺りだと確かに「新湯と小地獄の中央」です。また、今では植林が進んただめ、見づらくなってはいますが、この辺りからは、確かに海が見えるんです。明治期には、植林はほとんどなかったと思いますから、この辺から海が良く見えたはずです。

先日、明治末期に雲仙温泉に滞在したイギリス人宣教師が、鹿児島市内の日本人宣教師に送った雲仙温泉の絵葉書がオークションに出てたんですが、買い逃してしまいました。で、このイギリス人宣教師が、「海望館」に泊まってたんですよね・・・逃がした魚は大きかったな ^_^;)
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