2009年11月5日、バンコクに赴任しました。2011年9月1日、東京に戻りました。2013年10月1日、福岡に移住しました。
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こちらに続いて、PCBのお勉強。
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磯野直秀 (1975) 『科学物質と人間 PCBの過去・現在・未来』 中公新書.

これも帯が付いており、ほぼ新品に近い状態。

結論から言うと、カネミ油症やPCBによる健康被害の歴史、PCBが開発された背景、PCB使用製品、そして将来的なPCB製品の回収等、前回読んだ『PCBの知識』より、はるかに詳細。詳しい年表もあり、資料としても使える。というわけで、『PCBの知識』は、ほぼ無価値になっちゃいましたね。

印象に残った点を挙げておきます。
●先ず昔から疑問に思っていたことがあります。カネミ油症事件では、なぜPCBのような毒物を食品の加熱用に使ったのだろうか?ということ。簡単に説明すると、PCBは食用油の加熱脱臭工程で使われました。食用油の中にステンレス配管を通し、この配管の中に加熱されたPCBを流して、食用油を加熱していたのです。ステンレス配管は密閉されていたとはいえ、何かの事故で穴が開けば、PCBは即食用油に流れ込むのです。なぜ、こんなことをしたんだろうか? 当時はそれほど、食品に対する安全意識が低かったのだろうか? これに対する答えが見つかりました。分かってみれば答えは簡単。当時はPCBの毒性が一般に認識されていなかったのです。PCBの製造会社の技術資料にも、食品工業や油脂工業への使用が推奨され、危険性については一言も触れられておらず、またパンフレットでも熱媒体の応用例として食品工業が明記されていたとのこと。『PCBメーカーは、食品工業でのPCB使用に何の不安も持たなかったのである。』 なので、当然『PCBが毒物だなどと使用者の誰も予想しなかったというのが、真相だろう。』。
●PCBによる健康被害は、歴史上、カネミ油症事件と台湾油症事件の2件のみだと思っていたのですが・・・とんでもない!塩素ざ瘡という症状は、PCBの工業生産が始まると同時に発生していたんですね。日本でも松下電気のコンデンサー工場で発生したとのこと。ただし、この事実が公になったのは発生後16年経った1969年。著者は『日本で塩素ざ瘡の発生した工場が一社だけだったとは信じがたい』。
●この本にも『PCBなしでは、新幹線は走らなかっただろう』という国鉄関係者の言があります。そうなんですね・・・。そんな事全然知りませんでしたよ。
●『塗料にいつ頃からPCBが使われたのかは不明である』。そうなんですか・・・1975年の時点で既に不明なんですか・・・。
●1975年時点で著者が考える、将来的なPCBの回収について要約すると、
重電気関係(変圧器やコンデンサーなど)に使われたPCBは、34,600トン(うち30,000トンが使用中)。小型電気機器に2,600トン(うち家庭用が350トン)。これに対して著者は『重電関係30,000トンのうち何割回収できるか不明』、『小型機器は、台数も多く、処理も面倒だから一割も回収できないのでは?』。
熱媒体に使用されたPCBは、8,600トン弱。『回収可能な分は、事実上ほとんど回収済みとみられる』。
感圧紙は5,350トン。『とても一割とは回収されないだろう』。
その他開放系は2,900トン。『回収は不可能』。
汚染土壌、『実態は不明』。
う~ん、以上が今から42年前の著者の予測です。考えさせられるものがありますね・・・。

その他、この本は大変お勉強になりました。著者は、動物学者・博物学者なのですが、この本は、博士号取得の約10年後、東京都立大学の助手時代に執筆した物です。「良い本」だと思いますね・・・。前述のように、この本があれば、『PCBの知識』は、不要です。

っていうかさ、この本に書かれているような情報を、今現在入手可能な新刊書なり、報告書なり、インターネット上の記事なりで入手できるの??? 私はちょっと探したんだけど、見つけられなかったんだよね・・・

そういう意味でも「価値ある古書」だと思いますよ。アマゾンで古書価格30円でした。
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