2009年11月5日、バンコクに赴任しました。2011年9月1日、東京に戻りました。2013年10月1日、福岡に移住しました。
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先週に続いて、何と!2週続けて、弥生人の村へ。
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今日は、吉野ケ里歴史公園です。前回も書きましたが、福岡市内から吉野ケ里歴史公園と平塚川添遺跡公園は同じくらいの距離ですね。高速で40~50分程度。

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吉野ケ里遺跡と言えば、この物見櫓です。復元当初は、弥生人がホントにこんな立派な物作ってたのか???と議論になりましたが、今では定着しましたね。

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竪穴式住居の中。平塚川添遺跡と違って、こちらはリアルな弥生人がいます。ちょっとリアル過ぎ? ただしですね、平塚川添遺跡の竪穴内壁が粘土質の土を固めてあったのに対して、吉野ケ里の竪穴はコンクリートで固めてますね。吉野ケ里、ちょっとぷいんとダウン。

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まぁ、弥生人だって洗濯はしただろうなぁ。

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これは炊事棟(煮炊屋)。解説看板によると、吉野ケ里遺跡では、竪穴式住居内で煮炊きした跡が見つかっていないのだと。だから集落内の掘立柱建物を、炊事棟と推測しているとのこと。 ???竪穴式住居の真ん中に炉はあるよね? 炉はあるのに、これで煮炊きをしていなかったとは、どういう判断なんだろう? いつかお勉強してみたいですなぁ・・・。

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わ~い! 今日の晩ごはんは、タイの塩焼きに、アサリの酒蒸し、それにアワビのお刺身だ~!!! オレ、弥生時代でも十分生きていけるぞ。 ん? 弥生人ってどんな酒飲んでたんだろう?

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物見櫓の上から。
竪穴式住居とは、つまり、地面をちょっと掘り下げて、そこに茅葺屋根を被せた住居なわけですよ。本当に弥生時代って、こんな風景だったんだろうか? もしそうだとしたら、弥生時代にタイムスリップしても、「え~っと、ここって江戸時代ですか?」とか思うかもしれない。イヤ、もしかしたら「アレ?家に壁が無いけど、ここは昭和初期の田舎の村でしょうか?」と思っても不思議ではないですね。

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公園内の水田にて。弥生人のママから、環境教育を受ける4歳と2歳の弥生人。
2,000年前にも、この場所で、こういう光景が見られたのかもしれませんね・・・・・・。
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