2009年11月5日、バンコクに赴任しました。2011年9月1日、東京に戻りました。2013年10月1日、福岡に移住しました。
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長崎在住の方にお伺いしたいことがあります! 長崎方言で、
 「浪の平」を、「なみのら」 とか
 「日見峠」を、「みとうげ」
と発音することってあります? (つまりhがsに転換するってことかな?)
どなたか、長崎弁に詳しい方、ぜひ教えてください!

前回に続いて、長崎の「お土産写真」のキャプション別シリーズ、今回は『長崎の200番台シリーズ』。今回紹介するのは249。
200番台
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キャプションは、『249 NAMINOSIRA』。江南信國スタジオの作品です

このキャプションは、大変気になります。“NAMINOSIRA”表記なんですよ・・・。漢字で書くなら“浪の平”でしょ? それを何で、“なみのら”とローマ字で表記したのか??? ここは、大変重要と思っています。今後の要調査課題です。

長崎大学のデータベースには、大変似たアングルの写真が目録番号3817(←クリックでデータベースに飛びます)として登録されています。長崎大学データベースの説明によると、撮影地は琴平神社、右側の大きな2階建が、尋常鎮鼎小学校(後の浪ノ平小学校)、中央右の丘の上に1本目立つ松の木がの「よんご松」、その隣がグラバー邸、その下がリンガー邸。

Japan-007.jpg
#残念ながらこの写真、解像度がイマイチ=オリジナルではないっぽい。
整備された公園の中の洋館ではなく、リアルタイムのグラバー邸とリンガー邸が同時に写ってるって、なかなか面白い。

上の『249』と長崎大学の目録番号3817を比較すると、『249』の方が南山手の建物が少ないこと、鎮鼎小学校の校庭の木が明らかに小さいことなどから、『249』の方が年単位で古そうです。

『249』には小学校の校庭に人が見られませんが、目録番号3817では校庭と校舎内に児童と先生と思われる人がたくさん写っていて面白い。今から120~130年くらい前の小学校。当時の児童は何勉強してたのかねぇ? しっかし、この時代に全国に学校を整備して、義務教育を推進していったっていうのは、やっぱ先進的な取り組みだったよなぁ・・・。それがその後の日本の発展につながっているんですよ。途上国生活を体験するとさ、やっぱ教育の大事さを痛感するよ。

さて、上の『249 NAMINOSIRA』と長崎大学の目録番号3817は、時代も(多少)違うし、撮影スタジオも(たぶん)違うので「バージョン違い」ではありませんが、こういった「似た構図の写真」も丹念に比較していくと、撮影年代を含めていろんなことが分かるんじゃないかなぁ、と思っています。

撮影スタジオの特定は、Terry Bennett(2006)『Old Japanese Photographs: Collectors' Data Guide』、Bernard Quaritch.(こちらで紹介した本です)に従いました。
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この記事へのコメント
江戸弁(下町ことば)
写真撮った人が江戸の周辺出身で、下町で長く生活してたからだと思います。私の友人で江戸川区出身。江戸っ子は気が短くて早口なので「ひ」が「し」としか発音できないのだそうです。
2016/11/17(木) 04:03 | URL | 中村泰尚 #-[ 編集]
Re: 江戸弁(下町ことば)
あぁ・・・江戸弁ですか・・・確かにそうですね・・・私も亀有に住んでたんですよ・・・・・・私の思ってたのと逆でした。・・・(次回に続く)。
どうもありがとうございます!!!
2016/11/18(金) 18:20 | URL | ncc1701b #-[ 編集]
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