2009年11月5日、バンコクに赴任しました。2011年9月1日、東京に戻りました。2013年10月1日、福岡に移住しました。
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最近の収穫から。
出典:絵葉書(個人蔵)
備考:使用済。1920年7月22日のサインあり、マニラ発米国アイオワ州宛
*バークガフニ(2005)『華の長崎』長崎文献社 にも収録されています

場所は、たら福さんもしくはその奥の駐車場の入り口付近から富貴屋さんを正面に捉えたものと思うのですが、いかがでしょうか?いや、喜久さんの前あたりから撮ったのかな? 道の走り方が今とちょっと異なっているでしょうか?

右端に石柱が見えますが、これと似た物が当時、有明ホテルの角にも立っていたはずです。現在、観光協会の前に立っているのは、どちらが移設されたんでしょうか?そしてもう1本はどこにいったんでしょうか?

この絵葉書、使用済みです。文面は非常にシンプルで、『1920年7月22日、マニラ。親愛なる姉/妹へ。詳しくは後ほどお手紙を書きますが、私たちは2人とも元気です。そちらも皆、お変わりない事と思います。上海からマニラへの船は大変揺れました。当面の間、我々へのお手紙はバタンガスに宛ててください。バタンガスとは、マニラから30マイルほど南の町です。あなたの愛する兄/弟より』

さて、文面には雲仙が一切出てきません。この男は、一体どこで古湯の絵葉書を買ったのでしょうか?当時の絵葉書は、広告メディアとしての性格も持っていたので、もしかしたら上海でも雲仙の絵葉書が買えたのでしょうか? もしくは上海へは、長崎経由で行った可能性がありますね。当時は長崎-上海航路がありました。だとしたら、長崎市内で雲仙の絵葉書が売っていたのでしょうか? もしくはもしくは、この男は長崎から足を伸ばして雲仙に来たのでしょうか?

マニラから発出したハガキがアイオワに届くのに、当時何日かかったのでしょうか?アイオワの姉妹がこのハガキを受け取ってすぐに返信しても、この男が返信を受け取るには往復で1ヶ月とかかかったんじゃないでしょうか? だとすると、この男はかなり長期でバタンガスという町に滞在する予定なんでしょうね。バタンガスとは、雲仙のような山岳リゾートだったんでしょうか?それともビジネスで赴任したんでしょうか?

古絵葉書というのは、未使用のキレイなものよりも使用済みの方が圧倒的に情報量が多く、いろいろと想像をかきたてられる・・・というお話でした^_^;)
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