2009年11月5日、バンコクに赴任しました。2011年9月1日、東京に戻りました。2013年10月1日、福岡に移住しました。
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いや~篭立場でこんなに引っ張れるとは思ってませんでした。過去の経緯は、
 篭立場を探せ!1
 篭立場を探せ!2
 篭立場を探せ!3
 篭立場を探せ!4
 篭立場を探せ!5
 篭立場を探せ!6
そして、今回、7回目の篭立場です。
今回、新たな資料を発見したんで、全国の雲仙における篭立場&鯖腐岩マニアのために報告しましておきましょう。
46 img180ed 48 img185  ← いずれもクリックで拡大
写真(A)、既に報告済み。       写真(B)、今回発見した物。

この大きさで見ると、間違い探しのようですが、クリックで拡大して見てください。
拡大しても間違い探しですかね? そうなんです。バージョン違いを見つけてしまったのですよ。

この2枚は完璧なまでに画角が同じです。一旦、三脚を畳んでしまったら、これほどまでに画角を合わせるのは困難ではないかと思えるくらい同じです。草木の枝葉の様子も全くと言って良いくらい同じ。つまり、この2枚の写真は、1台のカメラでほぼ同時に撮られたものですね。そう思って良く見ると・・・一部を拡大します。

46 img180ededed
写真(A)

48 img185ed
写真(B)

この2人は同じ人物でしょう。つまり写真(A)が先に撮られて、この2人の西洋人が手前に歩いてきたところで写真(B)を撮った。そういうことでしょうね。時間差は、2~3分かせいぜい4~5分なのではないでしょうか。

#しっかし、右の男、全身白づくめ。靴まで白ですよ。雲仙温泉における「避暑地時代」の西洋人は、本当に白が多いんです。山岳リゾートで盛夏に白いスーツに白い革靴。私もこういう格好、してみたいね ^_^)

この2枚の写真、画質はかなり異なっています。写真(B)の方が細部が鮮明に読み取れます。写真(B)の方が明るめに焼き付けたのか、もしかしたら部分的に覆い焼きをしてるかもしれませんね。写真(B)の右下を拡大します。
48 img185ed1
ここ、要するにカフェでしょ?
小浜を経って、雲仙温泉への道程ちょうど半ば。ここで篭を担いだ方も担がれた方も、お茶を飲みながら一息入れたのでしょう。

#ちなみに、もし和装の人物が写ってなかったら、現代のインドネシアの田舎のワルン(屋台)と言われても違和感がない感じです ^_^;)

ちょっと不思議なのは、なぜこんな間違い探しのような絵葉書を発売したのか?ですね。2種類の絵葉書を作るには、印刷用の版を2種類作らなければいけません。つまり、コストが倍になるでしょう。しかし、こんな間違い探しのような物を2種類作ったからといって、売り上げが2倍になるとも思えません。ちょっと不思議な点です。もし今後、3枚目が見つかったら「篭立場を探せ!8」をアップすることにしましょうか。

写真(B)は見ての通り使用済みでして、消印は1911年1月。日付はおそらく4日と思います。1911年とは明治44年。明治44年は、雲仙温泉に電気が通った年。消印が明治44年1月4日ということは、この絵葉書の写真が撮影されたのは、間違いなく明治43年かそれ以前です。ということは、この写真の電線には、電気はまだ通っていないのでしょう。かといって、電気を通す2年も3年も前から電柱を立てて電線を引いておくことは無いでしょうから、これらの写真は、明治43年に電柱が立てられて電線が引かれたけども、まだ電気が通っていない時期の写真、というこいとでしょう。

ちなみに発出元は、フランス領インドシナのハイフォン。宛先は、フラン本国のリヨン。文面はフランス語。ハイフォンとは、今ではホーチミン、ハノイに次ぐベトナム第三の都市。

この絵葉書(写真(B))は、明治時代末期に雲仙温泉を訪れたハイフォン在住のフランス人が、本国に送ったもの・・・・・・なのかもしれませんね。
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