2009年11月5日、バンコクに赴任しました。2011年9月1日、東京に戻りました。2013年10月1日、福岡に移住しました。
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前回の続き。

この絵葉書が私の気を惹いたのは、実は篭立場ではなく、道そのものだったんです。
この絵葉書は使用済みです。古絵葉書の場合、未使用よりも使用済みの方が圧倒的に情報量が多いのでありがたい。この絵葉書は消印を見るとですね・・・
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長崎局の消印を見ると、1912年8月20日であることがわかります。雲仙局の消印は残念ながら半分消えています。これは、切手を剥がしたせい。こういうのは、ヤメて欲しいんだよなぁ・・・。切手マニアって、葉書に張られた状態の切手よりも、切手だけを剥がした状態の方がありがたいの?もしくは高く売れるの??? 残念ながら切手が剥がされているので、雲仙局の日付が分からない。これが分かれば、当時、雲仙から長崎まで郵便が何日かかってたか?が分かったのにね。

もっとも、切手が残っていると、切手自体に高い値が付いちゃって、古絵葉書の「絵」だけ欲しい私には手が出せない、なんてことも過去にはあったから、一概にどっちが良いとは言えないか。

さて、雲仙局の消印には、『1』が見えますよね。一瞬“?”って思ったんです。日付の先頭は年号のはずです。1って何だ、1って・・・1年? そう、1912年は大正元年なんですね。つまり元年の1なんです。月日は8月20日。1912年は、7月30日に明治天皇が崩御されていますから、この葉書は、大正時代が始まった直後に発出された物ということになります。今から102年前。

明治から大正に移り変わる頃、雲仙温泉ではいろいろと大きな出来事がありました。明治44年には、雲仙が日本最初の県営公園に指定された他、『小浜-雲仙間の道路改良が終了し、雲仙に初めて自動車が走った』、『雲仙が電化され、電灯が灯った』という2つの大きな出来事がありました。

絵葉書の消印は大正元年(明治45年)、自動車道路の完成と電化が明治44年。

絵葉書の写真撮影が、消印のどれくらい前に行われていたか?は知る由もありませんが、まぁ、普通は撮影から1年も2年も経った古い写真を商品化はしないでしょう。

つまり、この写真は、小浜-雲仙間の自動車道が完成し、雲仙に電線が引かれた直後の写真ではないか? そう思ったんです。その可能性は十分にありそうです。

そう思ってもう一度、この絵葉書を見てみましょうか。
39) img166ed
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登山道というには立派過ぎる道路です。自動車も十分走れるでしょう。道路脇には電柱もあります。状況証拠ではありますが、この写真は、自動車道が完成し、電線が引かれた直後の風景ではないかと思います。

もう一つ、私の気を惹いたのは、写真に写る男たちの姿です、
拡大しましょう。
39) img166eded
手前の黒い半被のような服を着ているのは、篭の担ぎ手でしょう。後ろの白っぽい服を着て帽子を被った3人は避暑客でしょう。西洋人ではないように思いますがどうでしょうか。で、この4人の男たち、何かを見てますよね?画面手前に写っていない何かを見つめています。一体、何を見ているんだろう??? 気になる!!!

はい、依然としてこの写真の場所は分かりません。どなたか、分かる方がいたら、ぜひ教えてください。
って、言うかさ、よく考えたら、この写真はタイトルが「籠立場の景」なんだけど、本来的な篭立「場」、つまり休憩場所が写ってないんですよね。この当時の篭立場というのは、ピンポイントな休憩場所を表すのではなく、付近一帯の地名だったってことなのかなぁ・・・。
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