2009年11月5日、バンコクに赴任しました。2011年9月1日、東京に戻りました。2013年10月1日、福岡に移住しました。
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こちらの続き。
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実はもう1枚、同じアングルの写真を買っているのです。キャプションは、「263 / NAGASAKI. 」。長崎の200番台といえば江南信國スタジオですが、これは違います。キャプションが黒字白抜文字のテープではなく、白抜文字のみです。売主によるとスティルフリードの作品とのことでしたが、もちろん、それを鵜呑みにしてはいけません。

もう一度、このアングルの写真をまとめます。
 ●目録番号 2901 撮影者未詳、文久2年(1862)の始め頃
 ●目録番号 6161 ベアト(ボードウィンコレクション)、文久4年/元治元年(1864)撮影
 ●目録番号 1290 ベアト、慶応元年(1865)~慶応3年(1867)撮影
 ●目録番号 5380 ベアト、 慶応3年(1867)頃撮影
 ●目録番号 1224 内田九一、明治5年(1872)~6年(1873)頃撮影
 ●目録番号 2868 撮影者未詳、明治7年(1874)~8年(1875)頃撮影
 ●目録番号 5887 撮影者未詳(長崎のAシリーズ)、明治10年代末
 ●「9 / NAGASAKI HARBOUR. 」 長崎大学の目録番号5887のバージョン違いか?

今回の「263 / NAGASAKI. 」の特徴は、何と言っても中島川の河口に広大な砂州が広がっていることでしょう。この時代、中島川河口の堆積物によって、干潮時には出島は既に「島」ではなくなっていたのです。これでは外国船が港に着けません。そのため、中島川変流工事が行われたというわけです。中島川の変流工事については、こちらの「中島川変流工事跡」が、コンパクトにまとまっていて分かり易いですね。

この写真の年代ですが、明治15年築の活水のラッセル館が無いので明治15年以前です。初代税関の建物が既に無いので、長崎大学の目録番号2868と5887の間に撮影された物でしょう。 

この写真、解像度はそれほど高くないのです。また、周辺のボケがひどい。もしかすると、紙のプリントを性能の低いレンズで複写したのか?という気もします。ただし、サイズはフルサイズです。

右の中央やや下を拡大します。
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ベルビューホテルの裏が写っている写真ってほとんど無いと思います。裏にももう1軒、洋館がありますね・・・。それから奥には建築中の洋館が1軒。建築の専門家が見たら面白いんじゃないでしょうか? また文献と照らし合わせることによって、この写真の撮影年が特定できる可能性がありますね。

また、画面中央下やや左を拡大すると・・・
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客待ちの人力車! 
この場所は、現在だと・・・

ココですよ。
観光客が、最も良く訪れる長崎の場所の1つですよね。