2009年11月5日、バンコクに赴任しました。2011年9月1日、東京に戻りました。2013年10月1日、福岡に移住しました。
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バーベキューの時、11ヵ月児をコンテナに入れたら・・・
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何やら不満そうな顔。

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お兄ちゃんが、コンテナで遊んでるのを見て・・・

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これならぼくにもできるはずだ。

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へへっ。

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えいっ!。
驚いたことに、歩けもしない(っていうか、何かに掴まらないと立てもしない)11ヵ月児が、コンテナを押して突進!!! これにはびっくり!!! お兄ちゃんがすること、良く見てんだなぁ。それにこの運動能力。お前、そんなに素早く動けるのかぁ。ホントびっくりだよ・・・。

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この遊びは気に入った!
今日のバーベキューは・・・
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先ずは、サザエとホタテ。
サザエがぐつぐついいだしたら、上にベビーホタテを乗せると、醤油の混ざったサザエの汁でベビーホタテが煮込まれて、良い感じになりますよ。

今回焼きたかったのは、
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イバラガニモドキと一緒にお取り寄せした、エゾシカ。

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焼き肉用。

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炭火で焼きます。

シカ肉、オレは好きなんだよね・・・。赤身なのに柔らかい。身質が牛肉よりなめらか。もっと流通して欲しいんだけどね・・・。売れないんだろうか? 世間の多くの人は、シカ肉より牛肉を好むんだろうか? 今回のエゾシカ肉は、100gで300円くらい。同じ値段だったら、世間の多くの人は牛肉を買うんだろうか??? プロモーション不足だと思うけどね・・・。シカ肉がこういう物だ、と分かれば、シカ肉を好む人は少なくないと思うんだが、どうだろう?

今の日本では、シカが増えすぎてるの、知ってます? 農業被害はスゴいことになってます。そのため、環境省では、今後シカの数を半減させる、という政策を打ち出しています。撃ったシカをもっと積極的に流通させて欲しいよなぁ。
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さて、今日は、みんなでタケノコ掘りに行きますよ。

どうも、もうシーズン末期らしいのですが・・・、
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これは、ちょっと大き過ぎ?

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あ、これくらいが良いね。

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あ、これも。こういう小さいのが柔らかくて良いようです。

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掘った物は、その場でさばきます。

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3歳児は、タケノコの皮が気に入った模様。

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今日の収穫、こんだけ!
今は、北方系のカニのシーズンではないと思うのですが、カニを北海道から取り寄せてみました。なぜなら、ちょっと珍しいカニを見つけたから。
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イバラガニモドキです。3kgで5杯だったから、まぁ、小型ですね。

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1kg近いヤツもいました。

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特に訳ありではないので、身入りは悪くないです。

イバラガニモドキ。商品名はイバラガニでしたが、標準和名でいうところのイバラガニは今回のカニとは別物なのでややこしい。

イバラガニモドキは、タラバガニに近い仲間ですが、どうも深海性のカニのようで、タラバのようにまとまって捕れるものではないようです。そのため、旬がいつなのか?もイマイチ良く分からない。

カニマニアとしては、一度食べてみたかったのですが、結論は、一度で良いや。タラバガニに比べて特に美味いわけではないので、タラバガニ系は、やっぱりタラバガニかアブラガニのデカい脚だけを買うに限るね。

それにですね・・・
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この全身に生えてるトゲ。これ、半端じゃないですよ。ハナサキガニも結構トゲトゲですが、イバラガニモドキのトゲは、他のカニのトゲとは別物ですね。何と言うか、バラのトゲみたいに、簡単に皮膚に刺さります。それくらい鋭いのです。よって、食い辛いことこの上ない。

まぁ、話のタネだな。

ちなみに標準和名でいうところのイバラガニは、今回のイバラガニモドキより、さらにレア。滅多に市場に出回りません。ネット通販では今のとこ、見たことないね・・・。
はい、超久しぶりの「福女暦」シリーズです。
今回の写真って、正直、どれくらい資料的な価値があるのか?良く分かんないんだけどね・・・もう惰性だな ^_^;)

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久邇宮殿下御差道の御使後閑菊野女史御着(大正十二年五月十五日福岡県立女子専門学校玄関にて)

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久邇宮殿下御差道の御使後閑菊野女史御着(大正十二年五月十五日福岡県立女子専門学校校長室にて)

両方ともタイトルが長い。ひらがながあるから日本語と分かるが、一見、どこで切るのか?良く分からない ^_^;)
良く見たら、後閑菊野というのが人名なんですね。で、ちょっと調べてみたら、えっ! 後閑菊野という人は、当時のお茶の水大の教授。昭和天皇の皇后の教育係を務めた人らしい。ありゃ、相当偉い方じゃないですか。間違いなく、日本の女性リーダーのはしりですよ。 ・・・創立直後の現福岡女子大に何しに来たんでしょうか?

久邇宮殿下というのは、当時は久邇宮朝融王ですか? であれば、大正12年当時、殿下は22歳だ。

大正15年発行の『要覧』によると、沿革のところの大正12年5月15日に「久邇宮殿下御使トシテ後閑菊野ヲ本校ヘ差遣セラル」とある。このエピソードの時の写真ということですね・・・。この「御使」はどういう目的だったんでしょうかね? 後閑菊野が当時の福岡女子大で教鞭をとったわけではなさそうです。

それから、こういった皇族行事の写真を絵葉書として売り出すという感覚が今となっては良く分かりませんよね。もしかしたら、この絵葉書は、売り出された物ではなくて、当時の福岡女子大学が作成して、関係者に配った物でしょうか? 

ここから先は良く分かりません。興味のある方、どなたか調べてください。

私としては、むしろ『要覧』のこのエピソードのすぐ後に、「五月十八日 生徒控所及便所各一棟落成」とあるのが気になりますね。現福岡女子大の第一回入学式は大正12年4月17日。ってことは、学校ができて最初の1ヶ月間は、女子大にはトイレが無かったのか!?
4月15-17日の2泊3日は、雲仙温泉で過ごしました。つまり、16日の夜中のマグニチュード7.3は、雲仙の小地獄で体験したのです。幸い雲仙温泉では被害はありませんでした。ただ、ちょっと稀有な体験をしたなぁ・・・と思うのです。というのは、明治22年熊本地震のエピソードを思い出したからです。

「明治22年熊本地震」というのをご存知でしょうか? 明治22年7月28日に熊本市を震源として発生したマグニチュード6.3の地震です。ウィキペディアだとこちら。国立科学博物館のウェブサイトはこちら

この地震が起きた時、雲仙温泉の下田ホテルに滞在していた西洋人の手記が残っています。
地震
オーストラリアのブリスベンで発行されていた『Telegraph』という新聞の11月23日付け(冒頭部分のみ)。

8月17日付けの『Shanghai Mercury』を引用する形で、地震発生当時の雲仙温泉の様子をかなり詳しく伝えています。これによると、計3回の大きな揺れがあったこと、(西洋人にとっては)かなり大きな揺れであったこと等が分かります。ただし、「日本人は、それほど取り乱していないし、恐ろしがっているようにも見えなかった」としています。しかしながら、「特に女性達が非常に怖がったので、我々は全員(当時、下田ホテルに宿泊していた西洋人全員と思われます)山を降りて長崎に向かうことにした」というのです。

それなりに揺れたことが推測されますが、「日本人は特に取り乱してもいないし、怖ろしがっているようにも見えなかった」にもかかわらず、西洋人が雲仙から避難してしまったのは、つまり、地震に慣れている日本人にとっては、それほどの揺れではなかったが、地震に慣れていない西洋人(特に女性)は、大変恐ろしい思いをした、ということが推測されます。

そして雲仙温泉で風評被害が起こります。
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明治22年8月の『The Rising Sun and Nagasaki Express』掲載された広告。

上を要約するなら、「今回の地震で下田ホテルが深刻な被害を受けたという噂が広がっているが、それは間違いであり、ホテルに全く被害は無く、通常通り営業を続けている」。地震の発生が7月28日で、8月6日のサインで広告を出しているので、地震の直後に長崎では、雲仙の被害はひどいらしい、という噂が広がったらしいことが分かります。

そして地震の2ヵ月後の9月28日には、上海で発行されていた『ノース・チャイナ・ヘラルド』に「Unzen and Round About It」と題するコラムが掲載されるのです。
プレゼンテーション1
「Unzen and Round About It」と題するコラム(冒頭部分のみ)、9月28日付『ノース・チャイナ・ヘラルド』紙。

このコラムによると、冒頭の段落にこんな記述があるのです。「明治22年熊本地震は、上海で非常に誇張されて伝えられている。雲仙において実質的な被害はないにもかかわらず、雲仙のホテルは倒壊し、深刻な被害を受けている、という噂が広がった。そのため、上海では雲仙は危険な場所であるという認識が広まり、雲仙行きを取りやめた者もいる。」 その後、雲仙の温泉や山の素晴らしさを紹介した後で、最後の段で「私は、最近の修理跡がないか、下田ホテルを注意深く調べてみたが、そのような跡は全く見つからなかった。下田ホテルの建物は全く健全であり、堅固であった。地震は、旅行者を警戒させたが、実際のところ、ホテルには地震による影響は全く無い。」  「壁に若干のヒビは見られるが、これは漆喰の乾燥によるもので、このヒビは長崎の建物にも普通に見られる。」 

要するに、雲仙温泉に被害が無いことを非常に強調しているのです。ちょっと不自然に感じるくらいです。その上で、雲仙の温泉・地獄・山の素晴らしさ、そして何よりも人々のホスピタリティの素晴らしいことを伝えています。

『ノース・チャイナ・ヘラルド』社および「Unzen and Round About It」を執筆した記者と、当時の雲仙温泉に何らかの経済的な関係があったのか?は分かりません。しかし、少なくとも執筆した記者には、雲仙温泉の風評被害を払拭し、雲仙温泉に上海からの観光客を呼び込みたい、という意図があったのは明らかと思います。

そして、このコラムこそが、現在では、上海の西洋人社会において雲仙温泉が広く知られるきっかけとなったと言われている新聞記事なのです。つまり、130年後の現在では、海外で雲仙温泉が広く知られるきっかけとなったと言われている新聞記事は、実は、明治22年熊本地震による風評被害払拭のために書かれたものである可能性が非常に高いと思うのです。

風評被害との戦いは、昔も今も「雲仙温泉の一部」なのかもしれません。

ウチは・・・そうだね、次はミヤマキリシマが咲いたら、また雲仙温泉に行こう。 ミヤマキリシマの時期の宝原園地や仁田峠の素晴らしさは、おそらく家人も見たことがないはずだから。
4月15-17日の2泊3日は、雲仙温泉で過ごしました。
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今回のお宿は、丸登屋さん。

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後ろは、味噌五郎の岩だ。お前もその岩が持ち上げられるくらいの力持ちになりなさい。

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ママ、葉っぱあげる

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こでは、ゆかいだ!
ニコンのAF-S NIKKOR 35mm f/1.8G ED、やっぱ良いぞ。

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あっ!つくし! そっか、雲仙は標高が高いから、まだつくしがあるんだ。

わざわざ雲仙に行きながら、地獄にも仁田峠にも行かず、2泊3日間を小地獄とハイシーズン前の宝原園地で過ごすというのが我ながら「通」です^_^;) 小地獄のお湯を満喫しました。

これから風評被害で、観光客が減らないと良いなぁ・・・。

<3歳児語録>
ちくし」 = 「つくし」
ネットでお取り寄せ。
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左はソトアヤムの元、右はアヤムゴレンの元。この2つがあると、お手軽にインドネシアの味が家で楽しめますね。

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瓶詰ペーストと共に鶏肉を煮込みます。

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煮込みました。
この状態で食っても十分、美味い。

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それを揚げると、アヤムゴレンの出来上がり!
美味いんだが、やっぱりインドネシアで食うアヤムゴレンとは違う。スパイスの風味じゃなくて、やっぱり肉質が違うと思う。う~ん・・・。

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ソトアヤムとナシゴレンもインスタントのペーストで。

インドネシアの料理は、やっぱりたまに食いたくなる。対して、タイ料理はそれほどでもないね・・・。
久しぶりにCDを買った。
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左: Early Takes Volume 1
右: All Things Must Pass
共にジョージ・ハリスンの物。

All Things Must Passは、2001年にニュー・センチュリー・エディションと称して、ジャケット写真がカラーに着色され、ボーナス・トラックが追加された物。このアルバム、オリジナルは1970年の発表、よって私はもちろん後追いです。私がこのアルバムを初めて買ったのは学生時代だ。当時は3枚組LPだった。国内版は高くて買えなかったから当然輸入盤。それでもボックスに入ってた。今でも実家を発掘したらどこかにあるはず。その後、このアルバムがCD化された際には、もちろんCDを買った。たぶん1990年頃だったと思う。その後、2001年にはニュー・センチュリー・エディションを買ったのだ。ジョージ・ハリソンの死の直後で、エラいショックを受けながら聞いたのを覚えている。

で、何で、今回ニュー・センチュリー・エディションをまた買ったのかというと、2001年に買ったCDが無くなったのだ。もうずっと手元に無い。2001年以来、何度も引っ越しを繰り返したからなぁ。で、iTunesの中にはなぜか1990年頃に買った初版CDしか入ってないのだ。ず~っとニュー・センチュリー・エディションを聞きたいなぁ・・・と思っていたんで、ようやく今回買い直したというわけ。アマゾンで中古を買いました。

で、買った後で気が付いたんだけど、2014年にはジャケットを白黒に戻してリマスターした物が発売されてんですね ^_^;) 現在では、この2014年リマスター版が定番ということみたいですね。

で、ネット上の評価を見てみると、ニュー・センチュリー・エディションは、「ウォール・オブ・サウンド度」が低い、という評価が多いのです。そうなのか??? 私は、LPは別物として、1990年頃の初回CDに比べると、ニュー・センチュリー・エディションの音は好きだけどなぁ・・・。2014年リマスターは、もっとウォール・オブ・サウンドなのか??? ちょっと気になるけど、そのためにまた2,000円出す気にはならないなぁ・・・^_^;)

Early Takes Volume 1は、いつだったか発売されたDVDのおまけだった物の単体発売物。今回初めて聞いたんだけど、これは無条件に良い! ジョージの弾き語りに近いバージョンが多く、無条件に良い! 新品にもかかわらず、しかも英国から取り寄せて、送料込み567円という意味不明の低価格も良い! ジョージ好きなら買うべきだな。・・・で、Volume 2は出ないの???
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我が家風ラゥオン。
ラウォンとは、ジャワ地方のビーフスープで、うちの3歳児が発音すると“らぼん”となる。以前も書いたが、うちの3歳児、これが大好きなのである。これだと、肉をがんがん食う。良いかもね・・・。ただ、これはインスタントのペーストを使ったもの。ラウォンを0から作るにはどうしたら良いのか? ちょっと想像がつかないスパイスの使い方なのだ。かつ日本で買うとインスタントのペーストが1袋200円とかするんだよなぁ・・・。インドネシアの10倍くらいの値段か?

<その他の3歳児語録>
ママは、てて短いの?」 = 「母上は手が短いのですか?」
  #ああ~っ!言ってはならない事を・・・
クレームとうんち」 = UNEP Tongji
ひみちゅ」 = ガリガリ君