2009年11月5日、バンコクに赴任しました。2011年9月1日、東京に戻りました。2013年10月1日、福岡に移住しました。

もう誰も覚えていないでしょうが・・・
 第1弾
 第2弾
に続く、第3弾!
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いくら急いでも足は伸びないと思うぞ。
ちょっと前に、タイに来て以来愛用していた手帳を無くしてしまったのです。結構、ダメージがあったのですが、出てきません。仕方ない、モンゴル出張時にもらった手帳に切り替えましょう。開いたら・・・・
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何と!中から、650ドルも出てきたぞ! そっか・・・モンゴル出張では、やたら金使っちゃったと思ってたら、こんなところに隠れてたのか・・・^_^;)。

もっと金の管理しっかりしねーとな-_-;)
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職場1でカタツムリを見つけた。

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お前・・・デカいな。ホントにタイ生まれか? もしかしたら、故郷はアフリカとかじゃないか? 

これって、タイの在来種なの???
ある日、NHKを見ていたら突然画面が真っ暗になった。これまでもテレビの不調は何度かあったんです。あー、またアンテナかどっかが壊れたな。でも、毎回すぐ直ることが多い。しかし今回は、数十秒後にこの画面。
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ありゃ、電波を送り出す側のトラブルだったんですね。

昔はたまにあったじゃないですか、テレビ画面に『しばらくお待ちください』って表示されることが。最近はめっきりなくなりましたよね。
バンコクシーロム地区にある日本料理屋『竹亭』。食べ放題で449バーツ(約1,235円)
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寿司、刺身。驚いたことに、みんな生魚を食う。

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寿司。サーモンは特に大人気。

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揚げ物も食う。

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これでもかっ!と言うくらい寿司を食う。

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おにぎりが、なぜかハート型だ。

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デザートにアイスクリームまで食う。

写真に撮り忘れたんだけど、印象的だったのは、女性陣が焼き茄子をたべて、「お~いし~!何これ?こんな美味しい物食べた事ない~!」と言っていたこと。そんなに美味いか?焼き茄子???

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今回のメンバー。イタリア人、韓国人、ネパール人、タイ人、それに日本人。顔出ししてるけど・・・良いよな?
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何のへんてこもない味噌汁。ただし、良く見たら、カニの身がどっちゃり入っている事がわかるだろうか。これがバンコクにおける私なりのカニ味噌汁。ここで使うのはこちらで紹介したカニの剥き身。安くてよろしい。

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これは生のカニでだしを取って、にんじん、ダイコン、ジャガイモを入れたもの。いわば豚汁の豚の代わりにカニ。あ、ダイコン、市場で見つけたよ!

私が作るこれら味噌汁には重大なヒミツが隠されている。それは何か?

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味噌。タイ国産、47バーツ(約129円)。日本からの輸入物なら200~300バーツする。

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削り節。タイ国産、値段忘れちゃったけど、20バーツくらいだったと思う。日本からの輸入物なら10倍以上する。

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豆腐。タイ国産、7.5バーツ(約21円)。日本からの輸入物なら100バーツ以上する。

つまり、味噌汁は、ほぼタイ国産の材料で作れるんです。難易度が高いのは削り節でしょうか。これは、今のところバンコクの北にあるITスクウェアのスーパーでしか見ていません。他方、唯一まだ見つけてないのが、昆布。これはもしかするとタイ国産の物は無いのかもしれない。
日本人、ポルトガル人、オランダ人。3人の居住地跡を見て、3時間。アユタヤ駅に戻ってきました。

窓口で切符を買ってビックリ!何と、アユタヤからバンコクまで20バーツ(約55円)。
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30分遅れでバンコク行きの列車がやってきます。

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プラットフォームは朽ち果てた木。

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車内はエアコンも入ってる。

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これはアユタヤ駅で、お客さんが食べている鳥のから揚げを狙っていたわん。

はい、以上で今回の「本格的Magical Mystery Tour」はおしまい!
アユタヤにはオランダ人居住地跡ってこともあるんです。
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でもね、ここはポルトガル人居住地跡以上に何も無い。あるのは、川沿いで半分水に浸かったレンガ跡のみ。

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レンガ敷きの床から木が伸びています。

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しかし、この碑文。きっちりとVOCのサインが入っています。VOCとはVereenigde Oostindische Compagnieの略、つまりオランダ東インド会社ですよ。世界最初の株式会社、一時期は世界の半分を支配したオランダ東インド会社です。インドネシア時代には、このVOCマークを良く見たもんです、骨董屋で。

ここはもう完全に忘れ去られたような地です。かつてこの地に、世界を制覇したオランダ東インド会社の拠点があったことを思い起こさせるのは、僅かにレンガの床のみ。栄枯盛衰、盛者必衰。

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ここで1時間近く過ごしたのですが、私以外にやってきたのは上写真のカップル1組だけ。女性が話しかけてきます。
 女 「あなた、ここは何人の居住地跡か知ってる?」
 私 「オランダ人ですよ」
 女 「日本人の居住地跡は別なの?」
 私 「ええ、日本人居住地跡はここからそんなに遠くない別の場所です」
 女 「あなたは・・・日本人?」
 私 「ええ、そうです。バンコクに住んでますけど」
 女 「私はセネガル人、彼はオランダ人、インドネシアに住んでるんだけどね」
 私 「へぇ、インドネシアですか。私はインドネシアに4年間住んでたことがあります」
 女 「あら、そうなの!じゃ、Selamat siang!」
 私 「Sampai jumpa lagi!」
セネガル人とインドネシア語をしゃべったのは生まれて初めてだ。
アユタヤに来て、こんなマニアックな場所に来るヤツもあんまりいないんだろうなぁ。日本人居住地跡と同様、ポルトガル人居住地跡という場所もあるんです。
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これが全景。建物の基礎であるレンガが残っています。

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ある程度の修復もされたんでしょうか?良く分かりません。

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要所、要所に解説もあります。

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この穴には、「soap ferment pit」という説明があるんだけど・・・意味が分からん-_-;)

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まぁ、言ってみれば、ただのレンガの残骸ですよ。この建物は、どうやら教会の跡のようです。当時はこの教会を中心にして、ポルトガル人の住む街が広がっていたのでしょう。

そして教会のすぐ裏には・・・
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分かりますか?墓地があるんです。

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墓を暴いて、見せ物にするのはあまり好きではないのですが、ここに立てばいろんな事が頭をよぎります。

教会のすぐ裏に墓地を作ったんだね、ポルトガル人は。これだけの人が埋葬されていると言うことは、この付近に結構な数のポルトガル人の住居地がある程度たくさんあったのではないでしょうか。良く見ると、2人が同時に埋葬されているお墓や、小さい子供のお墓もあります。

調べてみると、アユタヤに初めてポルトガル人がやってきたのが1511年。この街ができたのが1500年代前半のようです。当時のポルトガル人は、どんな気持ちでこの地にやってきたのでしょうか?当時の船旅。何ヶ月かかったのか知りませんが、それなりの危険もあったはずです。天候によって船が沈むこともある。途中には、他勢力の支配地もあったでしょう。現在の海外赴任とは訳が違います。もしかしたら、任地にたどり着かないかもしれない。もしかしたら、2度と祖国の地を踏むことはないかもしれない。それくらいの覚悟が必要だったでしょう。

小さな子供のお墓があるところを見ると、この祖国から遠く離れた地に根を下ろす覚悟をして、生活していたポルトガル人もいるのかも知れませんね。当時世界を制覇していた、ヨーロッパ先進国のアユタヤ駐在員にとって、アユタヤとはどんな地だったんだろう?未来永劫、この地で自分の子孫が活躍することを夢見ていただろうか?

この地に立って、そんな事を思います。

この地からポルトガル人が去って数百年。隣の敷地では、未来のタイ人ドラマーがドラミングの練習をしていました。
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ハイハットが無いぞ! ハイハット付けろ!
まず、駅前に戻ってこいつをチャーターします。
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ネット上では、1時間200バーツ(約550円)が相場らしい。運転手の兄ちゃん、3時間で600バーツだと言う。日本語で書かれた料金表まで見せてくる。相場通りか・・・。ダメ元で「500バーツでどうだ?」、兄ちゃん「OK」。ありゃ!?一発OKかよ!しまったなぁ・・・。この手の料金は統一されていてあまり負けないことが多いのである。しかも事前にネットで相場を確認したのがマズかった。失敗。300バーツから交渉を始めたら、400バーツでもOKだった可能性は十分あるな。

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さて出発!

動画も撮ったよ↓

車に近づかれると、正直コワいです^_^;)

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まず向かったのは日本人街、日本人居住地跡。

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山田長政さんにご対面。

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その昔、この地に日本人街があったのは確かなのです。存在したのは14世紀から18世紀ころ。そんなに昔じゃないんです。しかし、鎖国をきっかけに衰退。何しろ江戸時代の「海外」であり、末期にはタイに同化される形で自然消滅したため、現存する資料が極めて少ない。よって謎が多い。住んでいたのは何人くらいなのか?すら、いろんな説があるんですが、現地の碑によると、時代によって800人~3,000人程度との事。ちなみに、現在では当時の遺跡等は一切残っていません。
ここには泰日協会の日本人職員が常駐しており、いろいろお話を伺うことができました。

資料館では、まずビデオを見せられました。通常、こういった博物館や資料館のビデオと言う物に、私は全く興味は無いのですが、今回は何気なく見てしまいました。意外にも勉強になりました。恥ずかしながら私、全く知らなかったんですが、アユタヤって大航海時代の一つの貿易拠点だったんですね・・・こんな内陸で。知りませんでした。
私、歴史は結構好きで、一番好きなのが、古代エジプトと古代中国の西域です。その次に好きなのが大航海時代です。大航海時代というと非常に広い概念なんですが、インドネシア時代には、バタヴィアやマラッカ海峡の歴史が大好きでした。そっか・・・アユタヤもそういった大航海時代に栄えた街の一つだったんだね・・・。ちょっとお勉強してみましょうか。今回の旅の収穫。

日本人街敷地内で見つけたリスの仲間。
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君は結構立派な尻尾を持ってるんだね。