2009年11月5日、バンコクに赴任しました。2011年9月1日、東京に戻りました。2013年10月1日、福岡に移住しました。
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これまでもこのブログに何度か写真を載せましたが・・・
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元祖長浜屋。ゴマと紅しょうがは自分で乗せたもの。博多に来て、これを食わないというのは、やはり画竜点睛を欠く。いわゆる長浜ラーメンの元祖の店。元々は博多の魚市場で働く人相手の店だった。

今では観光客も多いですが、評価は分かれるみたいですね。東京でよくある、こってり系の博多ラーメンを期待すると、全く裏切られる。再度強調するが、長浜ラーメンと博多ラーメンは全く別物なのだ。長浜ラーメンに、こってり感は全く無い。

私が知る限り、20年以上、全く味が変わらないのが嬉しい。もっとも40年以上知る人に言わせると、味が変わったと言うが。
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私が知る限り、変わったのは、ラーメンのスープが妙なネコのポットになったことくらいか?

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それからこの日は、隣でも営業していた。向かって左側が本店だとしたら、この「こちら側」は、さしずめ支店か?

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付近を歩くと、おそらくこの写真の柵で囲われている辺りが旧支店だよね?完全に道路の拡幅にかかってしまったようです。

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博多の最後は、福岡タワー。オレも初めて上まで上ったよ。

以上で、2013年のゴールデンウィーク、おしまい!
福岡市東区志賀島。
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ここに金印公園がある。

金印とは、知らない人はいないでしょう。漢委奴国王印。国宝。一説には、後漢の光武帝が、西暦57年に奴国に贈った印だという。詳しくはググって頂きたい。

この金印、実は偽物だという説があるのをご存知か?
直近では、
三浦佑之(2007) 金印偽造事件 幻冬舎
だろうか。

金印は、1784年の発見以来、これまで何度も偽物説が出ては消えてきた。ただ、一般的には、金印が偽物等という話はあまり知られていないだろう。あくまでも一部の学会と歴史マニアの話題。でもね、これは、みんなに考えて欲しい。この金印って、本物なんだろうか???

突っ込み所は多いのだ。先ずは、出土地点と発見の経緯。一応、発見の経緯を記した一次文献が残っているのだが、極めて不完全で、発見者の『甚兵衛』とは一体誰なのか?丸で分かっていない。何より、発見場所が比定されていないのだ。誰が発見したのかも、どこで発見したのかもはっきりしない。これは、今の考古学の常識から言うと、重要視されない。つまりこの金印が現代の骨董店で見つかったら、多くの常識ある学者は疑ってかかり、誰かが本物などと言おうものなら、徹底的に調査、分析がなされることだろう、ということだ。200年前の志賀島の田んぼで見つかったこの金印が、本物であると信じる根拠は非常に薄いと言わざるを得ない。これが偽物というのは状況証拠しかないのだけれど、これが本物と言うのも、負けず劣らず非常に薄い状況証拠しかない。

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一次文献から推測するに、発見場所は、この駐車場か道路か?その辺りだろう。一次文献が正しければ、の話だが。

複数回に渡る昭和時代の発掘でも、他には何も出てこなかった。金印だけが2,000年近くここに眠っていたというのも、極めて不自然ではないか? もちろん、2,000年前に何が起こったかは分からない。2,000年前の役人が金印を持って、ここを歩いている時に、金印を落としてしまったのかもしれない。その可能性が無いとは、今となっては言えない(もし、そんなことがあってたら、その役人は懲戒免職じゃ済まないだろうな)。

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そんなことを思いながら、金印公園を歩いてみるのも良いんじゃないでしょうか?
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福岡県東区名島海岸。

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海岸線には遊歩道が整備。私がこの付近に住んでいた頃、こんな遊歩道は無かったな。

ここにはちょっと面白い物があります。
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海岸線に沿って、丸太の輪切りのような物が並んでるのいが分かるでしょうか?これは、3世紀ごろ、神功皇后が三韓出兵の時に使った船の帆柱の化石なんだそうです。神功皇后とは、第14代天皇である仲哀天皇の皇后。神功皇后は、仲哀天皇の死後、実権を握り、朝鮮半島に出兵します。この出兵で、新羅、百済、高句麗という3つの国を平定します。まぁ、平たく言うと、3世紀ごろ、海を越えて日本から朝鮮半島に戦争を仕掛けて、日本が勝ったと。ここにあるのは、その神功皇后が海を渡るときに使った船の帆柱が化石になった物らしい。そういう言い伝えがあるのです。

現実には、仲哀天皇も神功皇后も実在の人物かどうか?は、極めて疑わしい。何より、木が2,000年弱で化石になるはずが無い。現実には、この木のような物は、今から約3,500万年前の木の化石。いわゆる珪化木です。

もっとも、3世紀や4世紀に日本が朝鮮半島に攻め込んで、ある程度支配していたのは事実のようで、この辺は古代日本史においては、ひとつのハイライトだと思うのだけど、あまり詳しくない。いつかお勉強してみたいんだけどね。

それから、名島海岸から見た博多湾。見た目、すごく水がきれいで嬉しかった。
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・・・・・・。

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おとうさぁん・・・このひとは、ぼくのおかあさんじゃないとおもう・・・・・・・

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何言ってるの!困った子ねぇ、この子は。あなたはお母さんの顔を忘れたの?

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うわぁ~ん!!! このひとは、ぜったいぼくのおかあさんじゃないとおもうーーー!
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先ずはお刺身ですかね。

ちょっと飲みましょうか。
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ごぼうのから揚げ。

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アゲマキの焼き。博多近海では、まだアゲマキが採れてんですね・・・。

まぁ、もちろんメインはこいつですよ。
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今日はヤリイカでしょうかね。やはり美味いと思うのだ。旨くはないけど、美味い。旨さを求めるなら、一晩置いた方が良い。しかし、透明なイカというのは、やはり美味い。

我が家では、これまでゲソは天ぷらと決まっている。次は塩焼きにしてみるか?
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一緒に出てきたサツマイモ-何とかというブランドなのだが忘れた-の天ぷらが、超甘いらしく、家人には好評だったのだが、残念ながら、私はこいつの美味さが分からない-_-;)

次は、河太郎の呼子本店に行きたいね。

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良く分かんないけど、ぼくは食べられないから、部屋のすみっこで、良い子に腕立て伏せしてたよ!
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坂道。

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坂道。

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坂道。

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坂道。

杵築市、坂道の城下町。
想夫恋の焼そば。
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美味いと思うのだ。この焼そばは、本当に麺を焼いている。ここの焼そばが「焼そば」だとしたら、世間一般の焼そばは、「炒めそば」だ。

焼いてこげた部分と、こげていな部分の食感の差が新鮮。シャキッとしたもやし。味付けは、東京から考えると薄味かな?でも美味しい。家の近くにあったら、しょっちゅう行きたい感じ。しかし、残念ながら、この想夫恋、大分県日田市本店で、九州にしか店は無いと思う。

かく言う私は、その昔、日田市に住んでいたころ、この想夫恋の焼そばを食べていた。日田市を離れて食べたのは、今回が初めて。ということは・・・36~7年ぶりくらいか?子供の頃の記憶に違わない味。なんか・・・嬉しかったな。
わざわざJR大分駅に行ったのだ。
目的は、ただ一つ。ある物のを確認するためだ。一部ネット上では、かなり話題になっていた物のだ。ネットで見た時に、これは、自分の目で確認しなければならないだろう、そう思ったのだ。以来、数ヶ月。ようやく自分の目で確認できる日が来た・・・。

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JR大分駅の改札。新築のピカピカ。

私が大分を離れて既に25年。大分駅も変わったものだ・・・駅ビルは全く変わった。もはや昔の跡影も無い。私が記憶する大分駅前の風景は完全に消えてしまった。中央通商店街にリズムレコードがない!エトウ南海堂がない! 竹町通り商店街は、いつの間にシャッター街になったのだ? 何より駅前にパルコが無い!!! ポストホビーはどこに行った? それどころか、私が知る「駅前」は、今や「駅裏」なのである。この変革が意味するところは、大分市も博多同様、発展しているということだろうか・・・? そう願いたい。

そんなJR大分駅の改札の脇に人知れずたたずんでいる物の。それが今回、自分の目で確認したかった物のなのだ・・・。
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分かるだろうか?

え? 分かんない? アップにしようか?
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これ、何だよっ!!! なんで、こんな物のが、改札の脇にこっそり置かれてんだよ!!!

「ぶんぶん童子」。かなりミラクルな意味不明だが、キモ可愛い路線で、全国にブレイクすることを願いたい。
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ぼくは一人でお庭に出てみたよ!

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あ、おじいちゃんだ!

おじいちゃんが、ちゃんと畑仕事するように監督しとこ!
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・・・。

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・・・・・・。

なんか、つまんないな。
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ぼくも手伝おうか?
『じゃあ、向こうでイチゴ採ってきちくり』
は~い!

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よいしょ、よいしょ。

ぼくは、うまれてはじめて、イチゴの収穫をしたよ!
前回は鉄輪温泉(ひょうたん温泉)に行ったのですが、今回は明礬温泉に行っていましょう。

別府市明礬温泉では、江戸時代から、このような茅葺の小屋で湯の花(ミョウバン)を製造しています。
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明礬温泉には、このような明礬小屋を模した家族湯があります。そこに入ってみましょうか。

ここの家族湯(貸切湯)は、事前のネット予約や電話予約を受け付けていないので、家族湯に入るには、直に行くしかありません。今日は、ゴールデンウィーク真っ只中なんだけど、午前中、ちょっと早めに行ったら、約40分の待ち時間で入れると言う。では、入ってみましょうか。

でも、待ち時間が40分あるから、とりあえず、だんご汁食う。
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あ、食べる前のだんご汁、こんな感じ。
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これは、要するに、小麦の平太麺が入ってる味噌汁だよね?味噌汁は味噌汁なんだけど、それに平太麺を入れると、主食になる。

だんご汁は大分の郷土料理と言われているし、ウィキペディアにもそのように書かれているけど、私は、こういう物のを家で食ったという記憶はあんまりないんだよね・・・。

味噌汁に平太麺を入れるというのは、こっちで書いた群馬県の「お切り込み」や山梨の「ほうとう」も同じような物。おそらく、こういうものは、昔の日本あらゆるところで食べられていたのだと思います。

さて、家族湯。
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見かけはこんな感じ。茅葺です。

中、こんな感じ。
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まぁ、良いんじゃないですか?前回のひょうたん温泉同様、1時間貸し切って2,000円で温泉かけ流し。しかもここは硫黄泉。

やっぱ、お湯に関しては、別府は間違いなくありがたいね。

お湯の帰りは、これまた前回同様、『菊の屋Rock』。
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左:クロ、右:アカ。

別にお湯に入った後、この店でラーメン食わなくても良いんだけど^_^;)、2回連続で同じパターンだ!