2009年11月5日、バンコクに赴任しました。2011年9月1日、東京に戻りました。2013年10月1日、福岡に移住しました。
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カンボジアについては、遺跡を含めて書きたい事がいっぱいあるんだがなぁ・・・。

たとえばコレ、
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場所は、タイ国境の街ポイペトからアンコールワット観光の拠点の街シェムリアップに行く途中。

以前、タイ東北部で見たこのエントリーと全く同じでしょ?ちなみにこのエントリーは、我ながらなかなか良くまとめたと思ってたし、お褒めの言葉も頂いていたんだが・・・大間違いでしたっ!!!

カンボジアでも稲積らしき物を見つけて、思わず「あっ!」と声が出る。
私 「あ、ちょっと止めて!」
運転手 「ん?どうした?何だ?」
私 「アレ、アレ!」
運 「何だ?農家見たいのか?」

車から降りて、“稲積らしき物”に近寄る私。運転手は後から着いて来ます。

私 「コレ何だ?」
このときチャーターした運転手は、英語が話せた。
運 「あ~、そりゃ牛のエサだ」
私 「はぁ?牛のエサ???」
運 「これは、稲ワラなんだよ。牛は稲ワラ食うでしょ?」
私 「でっ、でもさ(汗)、真ん中の棒は何なの?」
運 「ただ、積み上げただけだと、すぐ散らばっちゃって、雨が降ると腐るでしょ?だからあの棒に引っ掛けてんだよ」

まぢっすか・・・!Σ( ̄ロ ̄lll)

というわけで、前回のエントリーは大間違いでした、ごめんなさい-_-;) タイやカンボジアに稲魂は降りてきていないようです。
本来は、これの続きのハズだったんだ。
だから、ホントはこの時点で書きたかったんだ。

2011年7月現在、カオプラヴィハーン/プレアビヒアには、ちょっと難易度高いけど、行けるんですよ、タイ側からは無理だけど、カンボジア側から行けるの。遺跡マニアは絶対行った方が良い。結果論だけど、アンコールワットより全然良い! カオプラヴィハーン/プレアビヒアについては、いつか気合を入れて書きたい。でもね、ちょっと時間が無い。本編がいつになるか?全く分からないけど、今回は予告編という事で。

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延々泥道を走る。

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ココ・・・カムリで行けるかぁ??? 運転手もかなり警戒してんだよなぁ・・・(汗)

途中でバイクに乗り換える。
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この泥道では、全くスピード出せないんで、コケても大した怪我はしないが、もしコケたら!?首から下げたカメラが2台とも死ぬ可能性は大だ-_-;)

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カンボジア陸軍の兵士に着いて行く。

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!?

私が行った時は、たまたま物凄い霧だった。
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目を凝らしながら、歩いて行くと、フッと現われる遺跡!!! これ、めちゃめちゃ感動!!!

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タイ陸軍の榴弾が着弾した跡。結構、あちこちで遺跡を破壊してますな。

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タイ側から飛んできた榴弾だと言う。

ココは、何年後かにもう一度訪問しなければいけませんね。

#あ、ただしね、2011年8月現在で、数ヶ月前までホントに戦争してたとこだから、行くなら自己責任でお願いね。
カンボジア、シェムリアップの空港。田舎町ですが、さすがにアンコールワット観光の拠点ですから、空港はそこそこにぎわいます。

この日は、ホテルで朝食を取った後、昼飯も食わずに遺跡をがしがし歩いてたんで、さすがに腹が減った。夕方、空港で何かを腹に入れようという気になる。カウンターに座って、メニューを見ると「Sea food noodle soup」というのがある。シーフードラーメンか。ソレ、行きましょう!一旦、注文した後で、メニューに「Japanese sea food noodle soup」があるのに気付く。ありゃ?Japaneseにひかれるね・・・『Japaneseとそうじゃないのは、どう違うの?』って聞いたら、カウンター内の兄ちゃん、いろいろ説明してくれるんだが、よう。分からん。う~ん、『ごめん、じゃやっぱりJapaneseにして!』

出てきたのがコレである。
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スープはしょうゆ味。なるほど、しょうゆ味がJapaneseってことか。ただ、そんなに美味くは無い。都心の昼飯でこんなモノが出てきたら、「てめぇ、ナメてんのかぁ」と言いそうな勢いだけど、カンボジアの空港で腹減ったオレには十分美味いわ。

しかし、驚いたことにだなぁ・・・
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麺が蕎麦だよ・・・

これは実にトリッキーだった。と、同時に、ラーメンのスープに蕎麦は合わない、というのを強烈に実感した。う~ん。
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カンボジア・ヴェトナム友好第4兵士訓練所。

ここでは、旅行者でもいろんな銃器がフルオート、つまり引き金を引くだけで、ダダダダダっ!と機関銃のように撃てるんです。旅行者がフラッと行って、フルオート射撃ができるなんて、今や米国でもそんなに無いでしょう。

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AKMです。距離は50m。

標的は、マンターゲットだったけど、かなり小さい。
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実物の人間の1/3程度でしょうか。

生まれて初めて撃ったAKM、30発の標的。
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セミオートで10発(2脚使用)、フルオートで20発(2脚使用せず)。
左下に弾が集まっているのが分かるでしょうか。おそらく、最初にセミオートで撃った10発がここに集まったのだと思います。直径10cmくらいにまとまってます。セミオートは、2脚使用。サイトを調節して、2脚を使う分には、50m先の人間には、確実に当たりますな。ヤルなぁ、AKM。左下には、10発以上が着弾してますが、これは、フルオートで撃った初弾がここに着弾したんだと思います。フルオートの2発目以降は右上に散らばりました。これはね、撃っていて分かります。銃口の跳ね上がりが右上なんです。これはライフリングの関係なんでしょうね。フルオートは、3~4発の点射にしたつもりなんですが、弾痕の数は、ほぼ30近くあると思います。って、ことはだなぁ・・・全くの素人が撃っても、AKライフルで50m先の人間を殺すのは、いとも簡単って事です。

指導教官氏によると、弾は、カンボジア陸軍が使っているミリタリーボールだとの事。

生まれて初めて拳銃を撃った時も思ったのですが、銃器ってやっぱ、恐ろしいよ・・・・・・。ソノ気になれば、本当にいとも簡単に50m先の人間を殺せる。

普通はソノ気にはならないんだろうけど、たまにソノ気になった人が事件を起こす。最近では、ノルウェーにおける事件が記憶に新しいところ。米国では何年かに一度、大規模な乱射事件が起きる。タイは、あまり知られていませんが、市民が合法的に拳銃を持てます。タイの国内ニュースを注意してみていると、週に1回?もしくは月に数回の銃を使った事件が起きます。

私はね、正直言って銃器類が大好きなんです。子供の頃から好きです。きっかけは何と言っても、ルパン三世とダーティーハリー。カッコ良かった。私の世代の男の子なら、子供の頃に絶対に鉄砲のおもちゃで遊んでます。その延長なんですよね。もっとも今の子供はおもちゃの鉄砲で遊ぶなんて事はしないんだろうけど。

ただ、当時の大多数の子供は、カッコ良い、だけだったから、オトナになるに連れて銃器類に対する興味を失うんです。しかし、私は、中学の頃だったか?高校の頃だったか?銃器類のメカに興味を持ったんです。ただ、引き金を引くと弾が出る、という極めて単純な機能のために、なんでこんなに多様なメカニズムが存在するんだろう?ただ、引き金を引いて弾を撃つという単純な機能なのに、銃器に性能の優劣が付くのはなぜだろう?と思った。

それから相当勉強したな。一番面白いのは1900年前後、自動式拳銃黎明期のドイツですよ。ボーチャードからルガーピストル、マウザーのブルームハンドル、この時代のワルサー。これらの、相互にほとんど影響されていない、つまり独自に開発されたメカの独自性は極めて興味深い。この時代のドイツには、銃器開発に関して、相当オリジナルな発想にあふれた人が揃ってたんでしょうね・・・。もちろんその豊富なアイデアを具現化する金属加工技術も、当時のドイツにはあったんでしょう。ルガーP08、モーゼルミリタリー。ワルサーP38と言えば、この時代のマスターピースであると同時に、私が子供の頃、当時の子供達に最も人気のあった拳銃です。

さらに面白いのは、ルガーピストルやマウザーの実銃は、当時そこそこの成功を収めたにもか関わらず、そのメカの独自性は、その後の世代の製品に全く受け継がれませんでした。対して、ワルサーP38の主要な革新的メカは、その後の自動式拳銃の基礎を作ったと言っても過言ではありません。

思うに、この時代のドイツにおける自動式拳銃といのは、先カンブリア期の生物爆発のようなものだったんだろうなぁと思います。してみると、ルガーピストルやマウザーのブルームハンドルは、ハルキゲニアとかアロマノカリスのようなもんだな。

閑話休題。

指導教官氏、『他にも何か撃ってみるか?』。まぁ、せっかくフルオートが撃てるんでねぇ・・・。M16いきましょうか。射撃場の壁に展示したあったM16は、ごく普通のM16だったんだけど、指導教官氏が事務所から出してきたM16には、M203グレネードランチャーが付いている。
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分かりますかね?ライフルを構えた時に左手で握る辺り-銃身の下-に、黒い筒状の物が付いてるでしょ。これがM203グレネードランチャー。これはですね、40mmのグレネードを撃ち出すための筒なんです。グレネードとは、日本語で言うと、「てき弾」もしくは「りゅう弾」。つまり、超小型の爆弾です。これを手で投げれば、手りゅう弾。良く戦争映画とかで見るでしょ?兵士が手りゅう弾を投げるシーン。しかし、兵士が手で投げる事のできる距離って、せいぜい数十mですよ。グレネードランチャーってのは、手りゅう弾を火薬の力で遠くに飛ばす発射装置と思って間違いないです。この発射装置がライフルに合体してるわけです。当然、ライフルは重くなりますが、イザとなったら、ライフルから数百m先までりゅう弾を発射できるわけですから、古典的な歩兵による陣取り合戦な戦争では、有効な兵器でしょう。

同じく30発撃ってみました。最初の10発はセミオートで、残り20発はフルオートで。セミオートでは、それほど感じなかったのですが、フルオートにすると、AK47との違いが顕著ですね。明らかに肩に来る反動が軽い。だからフルオートで撃った時にコントロールし易い。これは、訓練された兵士なら、100m先の人間も確実に殺すんでしょうなぁ。

AK47もM16も両方ともね、銃口の跳ね上がりはほとんど気になりません。当たるかどうかを別にすれば、か弱い女性でも全然撃てますよ。だって、歩兵用ライフルってのは、兵士みんなが持つわけですからね。そんなに反動が強くて扱いが難しかったら、武器になりません。もっとも、もう少し前のフルサイズの7.62mmだとまた違ってくるのかもなぁ。いつか撃ってみたいな、M14のフルオートとか。

ただ、私にとっては、サイトはAKの方が圧倒的に見易かった。AKは凸の照星に凹の照門。M16は、凸のポストに○のピープ。これは、全く慣れなんだろうけど、ピープサイトは、実に照準し難かった。

まぁ、いずれにしても良い経験だったよ。M16を撃った後に指導教官氏、『どうする?ドラグノフでも撃ってみるか?』。イヤ、もう十分。軍用ライフルのコワさは十分わかりました。

それでね、全く冗談のつもりで、M16に付いたM203を人差し指でたたきながら、『これは撃てないの?』と聞いたら・・・指導教官氏『撃ってみるか?1発400ドルだ』。まぢっすか!?ホントにグレネード撃てるんですかっ!?カンボジア陸軍恐るべしっ!!!もちろん、400ドルも払って爆弾を発射する気には到底ならないけどさ。

場所は、シェムリアップの街中から、トゥクトゥクで30分位。

もう1つ思うのはさ、カンボジアとヴェトナムという2国間の友好のしるしが、兵士の訓練所ってのは・・・どうなんだ?考えちゃうよね。
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先ずは、もろきゅうならぬ梅きゅう。梅のすっぱさで汗が出る。そこに鰹節の旨み。美味い。オレ、こういう物だけ食ってて生きていけるなら、それで良いな。

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続いて揚げ出し豆腐。良い感じの味付け。薬味が豊富で飽きない。美味い。

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肉じゃが。オレが求めていたのはコレだ・・・というくらい美味い。ただし、牛肉多すぎ。

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そして寿司。これはまぁ、日本やバンコクで食ったら全くだめだめだが、シェムリアップなら許そう、合格。

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丸一日。カンボジアのクメール遺跡をがしがし歩いて疲れ果てた後は、やっぱり日本食に限るな。

ちなみにこの店は、トゥクトゥクの兄ちゃんに、「シェムリアップで一番美味い日本料理屋に連れて行ってくれ!」と言って連れて来られた店。本当にシェムリアップで一番かどうかは知らない。でも美味かったよ。

ただし、バンコクより高かった気がする。
タイのカンボジア国境の街が、アランヤプラテート。アランヤプラテートから歩いて国境を越えるとそこは、カンボジアのポイペトという街。ポイペトから、アンコールワット観光の拠点シェムリアップまでは、車で2時間半程度。その途上、何度も見たのがコレだ。これはタイでは見たことが無い。

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カブの荷台にブタさんが3匹。必ず3匹なのだ。カンボジアの道路交通法では、カブの荷台にブタは3匹まで、と決まっているに違いない(←んなわけ無い)。

このブタ・・・まさか生きてないよな???
シェムリアップ郊外の戦争博物館は、小火器が充実しています。もっとも、これらも展示ではなく、「放置」なんですが。
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真ん中の長いライフルは、米国製M1ガランド。第2次大戦時代の米国の主力歩兵ライフル。その右の丸いモノが付いてるのはソヴィエト製のPPSh41。第2次大戦時代のソヴィエトの主力サブマシンガン。ハドソン産業製じゃないよ、本物だよ。左右両側は朽ち果てたAKライフル。あ、PPSh41とAKは、第2次大戦後の中国製の可能性もあるね。これらはホントに放置状態で、自由に手に取れるんです。

錆び付いているガランドのパッドプレートを無理やり開けてみました。
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手入れ用のウエスがありますね・・・。コレを取ったら、その下にはクリーニングロッドとかが残ってるんだろうか?でも、このウエスでこのライフルを手入れしていた人は、どんな人だったんだろう?と考えたら、これ以上手を付ける気にならなかった。このライフルを最後に撃った人はどんな人だったろう?どこで撃ったのだろう?カンボジア内戦を生き延びただろうか?

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手前右の銀色に輝くのは米国製のM16A1、ヴェトナム戦争時代の米国の主力歩兵ライフル。その左は、米国製BAR.
F1のチームじゃないよ、Browning Automatic Rifleだよ。正確にはM1918だ。第2次大戦時代の米国の主力分隊支援小火器。バイポッドが無いんだけど、これは初期型なのかな?
BARを構えてみたんですが、コイツはとにかく重い!10kgくらいあるんじゃないか?カービーはこんなモノを担いでたんだね・・・。残念ながら、稼動部という稼動部が強烈に錆び付いていて、どこも作動せず。それに比べるとM16は、さすがアルミ合金製。ボディは、全く錆びていません。

でね、もう1丁M16A1があったんだけど、こちらは・・・、
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どういう訳か、刻印が人為的に削られています。

バンコク含めて途上国ではさ、ブランド品の服やバッグの工場横流し品が流通する事があるんですよね。で、そういう製品は、ことごとくタグが切り取られてんですよ。メーカーとか流通経路を隠すためですね。このM16もさ、もしかしたらそういう感じなんぢゃね???米国政府が、こっそり南ベトナム軍に供与したモノとかじゃないですかねぇ。。。

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はい、トミーガンです。サンダース軍曹の愛用銃です。渾身の力を込めて、ボルトを引いたのですが、びくともしませんでした。しかもストックはがたがた。おれさぁ・・・MGC製のトミーガンのストックが壊れてんだけど、コレのストック外して持って帰っちゃいけないかな?ここで気付いたんだけどさ、このトミーガンも、ガランドも、AKライフルも、実銃のストックに使われてる木部って、相当硬いよ。モデルガンのストックとは全く違うわ。

でね、MGCのトミーガンって、レシーバーの右側面の板バネは、モールドなんだよね。これがすごく違和感あってカッコ悪いと思ってたんだけど・・・
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実銃も違和感ありまくりですね。まぁ、錆びてるからかもしれないけど、コレって、バネの役割果たしてんの?もしかしてモールドじぢゃね^_^;)?と思えるほどの違和感。

他にも多くの種類の小火器がありました。これらは全部ヴェトナム内戦時に使われた物でしょうが、一つ驚くのは、その多様性。第2次大戦期以降のあらゆるメジャーな小火器が揃っています。当時は、カンボジアに世界中から武器が集まったんですね・・・。

見ての通り、ここに展示(放置?)されている小火器は、いずれも錆びついた、状態の悪い物が多いのですが、一番状態が良いと思われたのがコレ、
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AK47。

見るからに錆び付いてますが、コイツはがちゃがちゃやったら、マガジンが外れた。もっともマガジンの底が抜けてて、スプリングもフォロアーも無かったけど。さらに、ボルトハンドルを引いたら、あっさり動いた。ボルトハンドルを引いて、引き金を引いたら、撃鉄が落ちた。引き金を引いたまま、ボルトハンドルを引いても撃鉄はちゃんとコックされる。残念ながら、セレクターは錆び付いて動かなかったのだけど、この銃、機関部は十分生きてますぜ。銃口を覘いたら、クモだか昆虫だかが、白い巣を作っていて塞がってたけど、実弾を込めたら、このままで撃てる可能性は十分あります。やりたくは無いけどね。少なくとも、全バラしてグリスアップしてやれば、弾は出そうです。もっとも、ガス系統が腐食してたりしたら、快調な作動は無理かもしんないけどさ。

こういう小火器類って、ちゃんと整備してやれば良いのになぁ・・・どうしてこんなところに放置するんだろう?もしオレがカンボジア在住なら、この博物館の管理人にワイロ払って、BARを譲り受けるね。んで、とりあえずCRCをたっぷり吹いて放置。それでもダメならオイル漬けにして、プラスチックハンマーで各部をこんこんして、全バラするよ。んで、再度組み上げる。ストックは軽くスチールウールでごしごしするかな。もし手に入れば、亜麻仁油を刷り込んでやる。レシーバーは相当錆び付いて見えるけど、表面の錆を落としてやれば、軍用銃としては、それほど問題ないレベルじゃない? 必要なら表面は、プラモデル作成技術を駆使して、完璧にポリッシュしてガンブルー液で・・・とか思ったんですが・・・・・・

良く考えたら、おそらくは、AKにしろ、PPShにしろ、ちゃんと動くヤツが、この国にはまだ山ほどあるんでしょうね。だから、戦場で拾ってきたような、朽ち果てたヤツをレストアする必要なんてないんですよ、たぶん。

この国では戦争は、まだまだ新しい記憶なんですよ。

そして博物館内(といっても野外ですけど)のベンチには・・・、
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何気に爆弾。背後は、除草剤が入った噴霧器と見た。

もちろん、爆弾は信管と火薬は抜かれているんだと思います。信管と火薬が抜かれた爆弾というのは、単なる鉄の塊で、コレを武器として使うには、コレで殴りかかるくらいしか役に立たないのですが、それでも、こんな爆弾の残骸を見ることは、今の日本では絶対に無いでしょう。

爆弾の抜け殻や錆び付いたライフルを自由に触れる。これは、今の日本では考えられない事です。でもね、この国では、こういった兵器が実に身近な存在なんだろうなぁ、おそらくこの国で戦争というのは、まだまだ人々の記憶に新しい出来事なんだろうなぁ・・・それを強烈に実感しました。
シェムリアップ郊外の戦争博物館、続き。
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比較的整備された林の中に、小銃、爆弾、装甲車、高射砲、迫撃砲、戦車などなどがずらり。ヘリと戦闘機も1機つづあり。

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ロシア製のT54戦車。一応、形は保っているが、朽ち果てて鉄くずに近い。

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キャタピラの駒が外れていて、手で持てた。これ・・・相当重い。1駒で10Kg近くあるんじゃないか???タミヤの駒はランナーから、ぷちっ!と外すだけだったが、本物は大違いだ。

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T54戦車の装甲断面。コレ、思わず笑いが出ますよ。3層か4層構造なんでしょうか。厚さが余裕で10cmはある。この鉄板、1m四方でどんだけの重さになるんだ???戦車とは、こんな分厚い鋼鉄に覆われてるんですね・・・。戦争に対する人類のエネルギーってすげーよなぁ・・・ちなみに、自家用車の外板って、せいぜい1mm程度ですよ。

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これもロシア製の装甲車ですね。

正直なところ、ここは「博物館」とはとても呼べない。カンボジア内戦の経緯や歴史の解説らしき物がほとんど無いのだ。ただ、兵器が展示されているだけ。いや、展示というより『放置』に近い。ここに展示されている兵器類は、旧東欧に行けば、もっと状態の良い物が“博物館”などにあるのではないか?だとしたら、ここにあるものは、ほとんど鉄くずでしかない。

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ここに来て、何を感じるだろうか?おそらく戦争や兵器に興味の無い人には、ほとんど意味不明だろう。普通の旅行者がここに来る意味はあまり無いかもしれない。もっとも、日が暮れて薄暗くなった林の中に朽ち果てて錆びた鉄の兵器。気味悪さは十分に感じたけどね。

しかし、戦争博物館としては、それだけでは不十分だろう。最低でも、自国の戦争の歴史や戦争の悲惨さを伝える展示が必要。まぁ、しかし考えてみると、カンボジアが平和になってから、まだわずか20年程度。未だに国内には数百万個の地雷が埋まっていて、毎年何百人もの死傷者が出ている。この国では、戦争そのものや地雷、爆弾、小銃といった兵器が、まだまだ身近な物なんですよ、たぶん。特に小銃をみてそれを感じた。

この国が自国の負の歴史に正面から向き合えるようになるのは、まだまだ先の話なんだろうな。

場所は、シェムリアップの街中からトゥクトゥクやバイクタクシーで、15分程度。
タイ、カンボジア両軍に即時撤退を命令 国際司法裁判所

ものすごい霧。
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霧に霞む遺跡。最大でも視界は20mもない。はっきり見えるのはせいぜい5m。ガイドの兵士が10m離れると、もう見失う。

断崖に立っても、丸で実感が無い。
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崖の先にあるのは、ただただ乳白色のみ。
bluegingerさん、すげーっ!!!
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正直、この写真が、ジェットエンジンの一部と分かる人がいるとは思いませんでした・・・。bluegingerさん、只者じゃないね。確かにコイツは、ジェットエンジンの写真です。ただし、ロールスロイス製ではないと思います。

なぜなら、コイツは、この機体の一部なのです。
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ジェットエンジン黎明期の戦闘機です。

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主翼は後退角が、かなり強い。

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機首には、大きな穴が左右に2つ空いています。

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お尻には、同様に大きな2つの穴、排気口が。してみると、この時代のジェット戦闘機とは、機体すなわちエンジンそのもの、みたいな構造だったんですね・・・。一番上の写真は、この排気口奥を、フラッシュ最強でアップにして撮ったものです。

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水平尾翼先端。コレって・・・松本零士がデザインに関わってんのか???

これって、ソヴィエト製のインターセプター、ミグ19ではないですかね?

場所は、シェムリアップ郊外の戦争博物館。到着したのは午後6時。普通なら閉まっている時間らしいのだけど、事前に電話して、特別に開けてもらった。もう、どんどん暗くなるので、先ずは写真を撮るために走り回って、あちこちでシャッターを押す。その後、ゆっくり見て回る。午後6時に到着して、ここで1時間以上過ごした。ここを出たのは、午後7時半くらい。もう職員はみんな帰っていて、私一人、ぽつんと残された。あたりは相当暗い。

日が暮れて、薄暗く、かつ雷が鳴り出した戦争博物館は、ナニかが出てきそうな雰囲気に満ちていた。正直、ちょっとコワかった。