2009年11月5日、バンコクに赴任しました。2011年9月1日、東京に戻りました。2013年10月1日、福岡に移住しました。
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さて、今日のお昼ご飯は、いつもの焼肉屋ですよ。
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左から、豚タン、牛サガリ、ファミリーロース。あ、注文したのは、一番安い食べ放題コースです。

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今日は、大判漬込みハラミステーキがあったので頼んでみました。牛サガリに比べると、若干脂が多めか。

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白ご飯を頼みたかったんだけど、この店の白ご飯は、量が非常に多い。この店は、白ご飯(小盛)をメニューに加えてほしい。ということで、今日は炒飯を頼んでみた。・・・・これ、炒飯モドキの炊き込みご飯じゃん! もちろん、この店でそんなこと気にしませんよ ^_^;)

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で、後は延々と牛サガリを頼みます。私、この店では、牛サガリだけで良いですね ^_^;)

さて、今日から「10泊11日年末年始ツアー」に出ますよ。今回は、宿泊地が4か所。さらに、実は4歳児と1歳児が、万全の体調ではないのだ。はぁ・・・疲れる旅になるんだろうなぁ・・・ -_-;)
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テスト
2009年のお正月。久しぶりに実家に帰って、コレクションの整理を・・・と思って発掘に着手したのが運のつき-_-) 結局、「整理」するには程遠く、ザッと昔のコレクションを確認しただけになりました。要は・・・レストアが必要な物が意外に多いんですよ・・・。なんせ、これらを発掘するのはン十年ぶりですもんねぇ・・・。

もしかしたら、これらをレストアするのは、老後の楽しみかなぁ・・・^_^;)
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まずは、自室に箱入りで眠っていた物。よって比較的状態が良い。左上から時計回りに、

(左上) CMC社製S&W M29。
(右上) CMC社製レミントン・ニュー・アーミー。
 これら2丁は、高校の頃、CMC廃業直前のバーゲンで通販購入した物。当事はネットなんて無いから「Gun」誌の広告を見て、郵便小為替で送金。確か両方とも4,500円程度だったと思います。まぁ、今思えばお得な買い物だったのかもしれませんが、高校生にとっては、安くない買い物でした。憧れのCMC社製モデルガンでした。しかも当事はプラスチック製モデルガンの全盛期。以来、両方とも未発火ですが、結構がちゃがちゃ遊んだので、表面の金色はかなり剥げています。

(右下) マルシン社製ルガーP08。
 これは発売直後の第1ロットの物。買ったのは大学院生の頃ですね。これを手にしたときは、メカの正確さに感動したものです。

(左下) HWS社製ピースメーカー。
・・・・・・いつ買った物なのか・・・全く記憶が無いのです ^_^;)。要は、社会人になって、つまり1丁のモデルガンを買うのにそれほど気合を入れる必要がなくなった頃、何気なく衝動買いしてしまった物のようです。

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左から、マルシン社製シュマイザーMP40、マルシン社製ウージー、MGC社製ベレッタM12S。いずれもキットを組んだ物。マルシン社製キットは21世紀になってからも再発されてますね。嬉しい限り。MP40は素組みでも完璧にフルオート作動したのが感動でした。他方、ウージーは、相当に調整したのですが、1マガジンフルで撃てた記憶がありません。M12Sはパーツを接着したり、組み上げた後は完全分解が出来なくなったりと、MGCとしては珍しいプラモモデル感覚なキットでした。これも作動は完璧でしたね。
これらは部屋の隅に放置されていたので、相当ほこりをかぶっています^_^;)

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特にウージー。素手で触るのがためらわれるほどほこりだらけ。あっ、もう1丁、MGC社製のトミーガンもありました。これもウージー同様、これでもかっ!ってくらいほこりだらけ。もうこの時点で、コレクションを「整理」しよう!という意欲が失せてしまいました・・・-_-)

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ベッド脇にはこんな物が。組む途中で放り出したマルシン社製ワルサーPPKのステンレスモデルです。これはそのうち、ちゃんと組んでやりましょう。
さて、倉庫に入ります。ここには子供の頃からのコレクションが数多く眠っているはずなのです。もうそれこそ20年くらい手をつけていません。
まずはコレ。倉庫に入ったら、コンクリート打ちっぱなしの床に・・・。
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この箱で、モノが分かる人はかなりマニア。・・・今となってはかなり貴重なモノなのですが、こんなに無造作に保管(?)されているモノとは・・・)

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恐る恐る、箱を開けてみます。すると、今は懐かしい、昭和時代の青色ゴミ袋。その中には・・・・・・

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じゃじゃ~ん!MGC社製鉄板プレスのスターリングですよ!いや~我ながらちょっと感動。

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状態もかなり良い!

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レシーバーのブルーは赤っぽく焼けていますが、これがまた良い感じではないですか!ブルーの剥げたところに薄っすらと錆びが見えますが、これはウエスで拭ってやれば取れる程度のもの。
ただ、ボルトやバレルはかなり痛んでいるので、再仕上げして上質な「置物」にしてやりたいのですが、今回は時間がありません。CRCをたっぷり吹いて、再会の時までまた眠ってもらう事にしました。

次回箱をあけるのはいつになる事やら・・・。
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The Nagasaki Press紙、1907年7月2日

          ただいまオープン
                有明ホテル
               雲仙、新湯地区
                  -----
            新築。丘の上の最高の立地。
             風通しの良い広いお部屋、
          家具調度は最新のモダンなスタイル。
               完璧なおもてなし。
                   とてもお得な料金設定
                    M. Kurihara,
                      経営者兼支配人
          1907年6月27日

*1920年、1909年、1908年に続いて、創業3年目、1907年の有明ホテルの広告です。
*1行目の“Just Opened”は、ホテル自体がオープンしたばかり、の意かそれとも1907年シーズンのオープンを意味するのか???
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The Nagasaki Press紙の1909年8月25日より。

                   雲仙ホテル、
                   雲仙温泉
                 日本、長崎近郊
                    -----
               第1級のファミリーホテル
                    -----
               全室、家具調度を一新
                    -----
                 新体制で営業中
               F. NAKAMURA, 経営者
               1909年8月12日

*1896年に創業した雲仙ホテルが、1897年に“NEW UNZEN HOTEL”として広告を出し、1909年に家具調度を一新・・・そういうことでしょうかね?

*こういった今は無きホテルの歴史というのは、なかなか情報がありません。
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The Rising Sun and Nagasaki Express紙、1897年6月30日より

                 今シーズンのオープンです
                     新雲仙ホテル
                    雲仙、新湯地区
                       -----
            全てが洗練されたモダンなヨーロッパ様式。
          ご家族や長期滞在者向けには特別な宿泊便宜あり。
          すばらしいベッドに美しいお部屋、良心的なお値段。
                  T. ARAKI、支配人
          長崎、1897年5月15日         R. S. & S. L.

*手元の資料によると、雲仙ホテルの創業年は、1890年(明治23年)と1896年(明治29年)が併記されており、ちょっと混乱しています。いずれにしても雲仙ホテルは、昭和の終わりごろに廃業したため今はありません。
*1897年の新聞広告に“NEW UNZEN HOTEL”として出ているという事は、創業は1896年でしょうか?
*署名の日付が5月です。当時の雲仙では、冬場はお休み。5月頃から営業を始めて、冬前に営業を終わっていたんですよ。 

*例によって「手元の資料」:長崎県編 (1984) 国立公園「雲仙」指定50周年記念---「雲仙の歴史」---.
1) 長崎県編 (1984) 「雲仙の歴史」。 長崎県、長崎市。
 これは雲仙国立公園指定50周年を記念して刊行された書籍のうちの一つ。非売品でしたが、長崎県内のたいていの図書館にはあるでしょう。個人で欲しいという方は、ちょっとお高い値がついていますが、古本屋で購入できます。

2) 田代藤良著 (1969) 「長崎県観光事典」。 長崎県九州観光文化協会、長崎市。
 これは1969年に開催された長崎国体を記念して刊行された観光案内書。巻末に230円の記載があるので、販売された物のようです。

3)小浜町史談編纂委員会編 (1978) 「小浜町史談」。小浜町、小浜町。
 小浜町役場編纂の町史。非売品ですが、長崎県内の図書館にはどこにでもあるはず。

*このカテゴリー内で記述される年号などの歴史的事実は、特に注記が無い場合、上記3冊のいずれかを根拠とします。
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Nagasaki Press、1908年8月1日付け

               東洋ホテル、
              雲仙、新湯地区
                 -----
            第1級のファミリーホテル
          行き届いたお世話と良心的な料金
                       飛永
                    経営者兼支配人

*さて、Toyo Hotelとは何ぞや? 現在の雲仙には、似た名前のホテルとして、ホテル東洋館がありますが、この広告は現在のホテル東洋館とは関係なさそうです。1908年の雲仙新湯地区にあったToyo Hotel。一体どんなホテルだったのでしょう?とりあえず、全く情報がありません。
*Toyo Hotelが『東洋ホテル』だったかどうかも分からないので、とりあえず当て字です。
*Tobinagaも漢字は分かりません。でも、『飛永』という苗字が雲仙・小浜地区には多いようです。
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The Nagasaki Pressの1909年8月の紙面にほぼ毎日掲載。

            雲仙温泉
              有明ホテル、
              雲仙(日本、長崎近郊)
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                新築の建物
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         適切な料金。ご家族や長期滞在者には
                特別料金あり。

*有明ホテルの広告です。有明ホテルのHPによると、『有明ホテルは明治37年に創業し、有明海にちなみ命名致しました。いつの日か外国人のお客様によって“ユウメイ”と発音されるようになり、今日に至っております。』との事。明治37年は西暦1904年。創業5年目には、すでに“ユウメイ”と発音されていたわけですね。以来、実に100年以上の歴史あるホテル。
*この広告にあるように、当時は外国人の長期滞在者が多かったのです。